私だけだろうか?

例えば、友達と映画の話とかしている時に、
「〇〇って映画面白そうだよ」
「いや、知らないなぁ、どんなの?」
みたいな流れになって、
iPhoneで予告編動画とか検索してアドレスを右手の人差し指で選択、コピーして、友人のLINEにペースト、「これだよ」みたいな流れ、
よくあるよね、

この時、
コピーしてからペーストするまでのあいだ、なんとなく右手の人差し指の先にアドレスがひっついてるような気がして、
変なとこ触るとアドレスがそっちに剥がれ落ちちゃうような気がして仕方ない、

だから、さっきの流れでも、
右手の人差し指でアドレスをコピーした後、
ホームボタンを2度押ししてアプリを一覧表示にしたり、LINEアプリをスワイプして選択したりという作業は、何気に中指でしてたりする、

無論、コピーした文章が指に張り付いてると本気で思っているわけではない、
理屈ではわかっているのだが、そんな気がしてしまうのだから仕方ない、
例えるならあれだ、学生時代、テストの前日に慌てて一夜漬けとかした朝、体育の授業とかで飛んだり跳ねたりすると覚えた英単語がこぼれ落ちるような気がするというか…

昨晩のこと、

布団に入って、寝就く前の時間、
ふっと、冷蔵庫の中の塩ジャケの切り身のことが頭に浮かんだ、

何故だかはわからないけど、
「そのまま焼いて食うよりも玉ねぎと炒めてクリームパスタとかにしたほうがいいなぁ」
なんて考えた、
明日、家内が夕飯の献立を決めかねるようなら、作ってみようかなぁ、くらいになんとなくだ、

「パスタに使うなら、皮と骨はいらないなぁ」と考えた途端、頭の中のシャケの切り身から皮と骨を剥いでいる自分の左手が思い浮かんだ、

途端に、剥いだ皮と骨が気になって仕方ない、
頭の中の想像なんだから、いらない部位はパッと消えてなくなればいい、
でも、いらないはずの皮と骨が気になって仕方ない、
床の中でまどろみが訪れるまでのわずかな時間に明日作る”かもしれない”パスタのレシピをシミュレートするだけのはずが、不要だからと排除するつもりの皮と骨が想像のまな板の隅っこから消えてくれない、もはや、使う方の切り身などどうでもいい、作るかどうかわからないパスタなど出る幕もない、

「バカバカしい」心の中でそう吐き捨てて、この考えを捨て去る、
「明日いいお天気ならいいなぁ」とか、「朝起きたらあのメールの返事書かなきゃ」などと全く別の考えを巡らせて眠気の到来を待とうとするが、つぶっている目の中で視界の隅にシャケの皮と骨が消えてくれない、

気がつくと左手の人差し指と中指と親指は何か(シャケの皮と骨だが)をつまむように握られている、
「何も掴んでいない」そう言い聞かせて手を開いてみる、指先をすり合わせて見ても、風呂から出たばかりの肌は加齢もあってサラサラというよりはカサカサだ、
シャケの油などついているはずがない、
左手が再びシャケの皮と骨をつかまないように、ヘソのあたりで両手を組んでみる、すると、左手の指先が当たっている右手の甲のあたりがシャケの油で汚れたような気がしてならない、
いっこうに睡魔は襲ってこない、何も考えるのをやめ、眠りにつくことだけに集中する、
眠ろうとすればするほど頭の隅のシャケの皮と骨はチカチカと存在感を増し、寝返りを打つたび、シャケの皮の生臭い油の汚れが、頬に、わき腹に、太ももに拡散していく気がして、ついにはそこがむずがゆくなってきて、もはや眠るどころではなくなってしまう、

「クソッ!」声を立てて布団から出る、敗北宣言だ、
もう一度風呂に入る、シャケの油を落とすためではない、
もう一度風呂上りからやり直し、もう一度リセットしてまどろみ直し…

今度は、布団に入ってもおかしなことを考えないように、頭を空っぽにする、

羊の数を数えるという方法で本当に眠れる人はいるのだろうか?

私なら、頭の中の羊が…行儀よく…柵を飛んでくれないで…

あれ?、この羊は…数えたっけ?

そうだ……

さっきのシャケの話………

明日…………ブログに…………zzz………

 

私だけだろうか?